うるせえよ、馬鹿野郎

航海士にして後悔士。子育てとか禁煙とか映画とか。つまるところ備忘録。

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うんこちゃんの冒険

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いつかは通る道である。

かつて僕もそうだったし、きっと妻もそうだった。親愛なる読者諸兄におかれてもそうだろう。ただ実際に直面するとなると話は別だ。やはり、対処に困る。

今、僕が抱えている問題はそういう種類のものだ。

何事かといえば、「うんこ」である。

うんこ、うんち、大便。なんでも宜しいが、大きい方の排泄物だ。まぁ今回はうんことしておこう。

人生において、「うんこ」がとても大きな位置を占める時期がある。うんこと聞けば笑ってしまい、うんこと言えば周りが笑ってくれる。そう信じて疑わない時期がある。

そして我が娘が、いよいよその時期に差し掛かろうとしている。

彼女はうんこを友人と考えいる節がある。自分の体から出てきた物体だ。愛着を持つこともあるだろう。彼女はうんこと共にあり、うんこは彼女の半身である。

なんにせよ、彼女はうんこを友人として認識し、擬人化を始めた。

トイレに行く際は

「うんこちゃん泳ぎにいくのよ。」

流す時は

「うんこちゃんピクニックに行くのよ。」

とにかく排泄という行為に別の意味を持たせたがる。流石に尻にうんこをぶら下げながら(どうやら上手く切れなかったらしい)

「うんこちゃんブランコで遊んでるの!」

と走って来た時は頭を抱えた。

流石にちょっと叱ったのだが、彼女は自分の思いつきに得意満面だ。困ったものだ。

思うに父親というのは娘を「お姫様」として扱うきらいがある。特に男兄弟の中で育ったらなおさらだろう。まぁ僕のことだが、愛しい娘がうんこと聞いてゲラゲラ笑っている様というのはなんとなく複雑なものだ。ああ、蝶よ花よと育てたはずなのに…。

そんな僕の気持ちも知らず、彼女は今日もモリモリご飯を食べ、モリモリうんこをしている。そうして生まれた彼女の「うんこちゃん」は下水道に乗って、今日も世界を駆け巡るのだ。

 

そういえば横浜にうんこミュージアムなるものが出来たらしい。今度連れて行ってみるのもいいかもしれない。