うるせえよ、馬鹿野郎

航海士にして後悔士。子育てとか禁煙とか映画とか。つまるところ備忘録。

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ジャンプ漫画の面倒くさいファン心理

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 そういえば以前ツイッターでこんなことを言った。

単なる思いつきだし、別に反響もないが、なんとなく 面白い気がしたので掘り下げてみようと思う。

 まず前提として僕は30代半ばのおっさんだ。おそらく漫画の影響を最も受けるであろう思春期は90年代の終わりから00年代の始めである。

 次に僕はその時期にジャンプを読んでいない。理由は買ってもらえなかったからだ。我が家には漫画雑誌は月2冊までというよくわからないルールがあった。毎月4冊は出るであろう週刊漫画雑誌には手が出ない。月間誌を2冊。ニュータイプとザ・スニーカーだった。そもそもどっちも漫画じゃないが、僕が思春期に最も影響を受けたのは永野護の「ファイブスター物語」と安井健太郎の「ラグナロク」ということになる。これがウルトラジャンプとか月刊ジャンプだったらもう少しその後の人生は生きやすかっただろうか?なんにせよ、僕はクラスメイト達と「今週のジャンプ」について語り合う栄誉は得られなかった。

 最後に、それでも僕は前述の3作を成人してから一応全巻読んでいる。ジョジョのみ7部までだが、大体話題になるのは5部くらいまでだし大目に見て欲しい。ただ出会った時期とは大事なものでいずれの作品も僕のベストにはならなかった。素晴らしい作品だとは思うが僕の本棚の特別な位置を占めるには至らなかったのだ。

 それらを踏まえた上で「ドラゴンボール」「ジョジョ」「キン肉マン」を特別に愛する方々に持った人たちに対して僕が持つ印象を書いていく。

 

 まずはドラゴンボールから、言わずもがなの鳥山明の代表作だ。いまだにアニメ化され関連商品も作り続けられている。連載自体は随分前に終了しているというのに恐ろしいことである。幅広い世代、そして全世界に影響力を持ったバケモノ作品だ。故に彼等は傲慢である。自分達の価値観を普遍的なものと信じ、合わないものを「少数派」「変わり者」とみなす。かつて「ドラゴンボールハラスメント」なる言葉を言った人もいたようだが、これはそういった価値観に対する反発からだろう。まぁ流行らなかったが…。

 

 そしてジョジョだ。これまた歴史の長い、当然読者層も幅広い人気作品だ。基本的に人というのは数が多ければ傲慢になる。ドラゴンボールのファン同様にジョジョのファンも傲慢だ。しかし彼等は少し毛色が異なる。ジョジョのファンというのはとにかく自分に酔う傾向がある。ジョジョという作品は人を選ぶ。独特の画風に癖のある台詞回しや表現は受け付けない人もいるだろう。ジョジョのファンはそこに自分の価値を見出す。「ジョジョの解る自分」に酔いしれるのだ。ドラゴンボールのファンがアンチを下に置くならば、ジョジョのファンは自分を持ち上げることによって優越感を得る。よく読めばわかるが、ジョジョはわりとスタンダードな少年漫画だ。ちょっと独特のなだけで展開自体はとてもシンプルな王道ジャンプ漫画である。しかし表面だけを眺めて、ジョジョのファンは優越感に浸る。勘違いの多い方々である。

 

 最後にキン肉マン。キン消しなど一大ブームを作り出し、未だに熱いファンに支えられる傑作。キン肉マンファンはもう、なんというか面倒な人々だ。基本的に熱狂的なファンが多い。相手がどんな人物だろうと御構いなしで独自の世界を構築する。キン肉マンは世界の真理であり、自然の摂理である。故に彼等は相手がキン肉マンに対する知識がなかろうと関係無くキン肉マンの話をする。ファンで無ければ噴飯もののゆでたまご理論は彼等にとっては真実の物理法則なのだ。そういう遊び方の出来る、諧謔味のある人々だ。実際、その特異な理論を聞き流しさえすればわりかし無害さえある。

 

 多くの人が集まれば、それなりに特徴も出てくるものだ。まぁ結局、ジャンプに縁のなかった僕の僻みでしかないんだけれど。