うるせえよ、馬鹿野郎

なんだかよくわからないけど書きます

嫁が実家に帰った。おっぱい。

※下ネタ注意

おっぱいが原因で嫁が実家に帰った。

 

まぁ完全に僕が悪い。

時効かとも思ったが、ダメだったらしい。

要は半年前にお金を払っておっぱいを触りに行ったことが露見したのである。 酔った勢いとはいえ軽率だったか。

まぁでも世の中色々な商売があるものである。

6000円で揉み放題だ。そりゃ行くわな。

なんにせよ逆鱗に触れたらしい。

子供を連れて行ってしまった。

なので今回は反省と自己正当化の為におっぱいについて考えてみよう。

やはりおっぱいが好きなのだ。

おっぱいには逆らえない。

男はおっぱいが好きだ。嫌いな者などほぼ居ないだろう。

他に重要視する部位があるかもしれないし、サイズや形に対する嗜好の違いはあるかもしれないが、ほぼ全ての男性がおっぱいのことが好きだろう。

おそらく同性愛者でさえ男性の胸板に興味があるのではないだろうか?

もはや呪縛である。

調べればきっとそれらしい何かは出てくるかもしれない。

でもそれじゃ足りないのだ。科学では測れない何かがおっぱいにはあるはずだ。

おっぱいは言葉として素晴らしい。

おっぱいは素晴らしい。まず語感が素晴らしい。

声に出して読みたい日本語である。

おっぱい。

やはり素晴らしい。おっぱいがおっぱいであるということを過不足なく伝えることができる。素晴らしい。

やはり、おっぱいは日本語で表現するに限る。

おっぱい。

素晴らしい。

ほかの言語じゃこうはいかない。

英語ならtits、中国語で奶。韓国語で가슴。南部ソト語でLithapoだ。

もはやどう発音していいかわからない。そもそも南部ソトがどこかもわからない。

南アフリカ?知らん。

やはり日本語が一番しっくりくる。

おっぱい。

なんと素晴らしいのだろう。

聞いただけでワクワクしてくる。何より感覚的なのがいい。

ちんこやうんことはわけが違う。

それらの言葉は、威容を隠すためのものである。

しかしおっぱいは違う。

おっぱいに威圧感は無い。そこにあるのはやさしさである。

おっぱい

そのやわらかな音の一つ一つからやさしさがにじみ出ている。

春の日差しの如く、柔らかな包容力を余すことなく伝えきっている。

素晴らしい。

とにかくおっぱいは最高だ。

最高である。

なにせ柔らかい。ふわふわでモチモチでぷるんぷるんだ。

さらにスベスベである。

これだけの触感を一つのもので揃えるとは、もはや奇跡である。

そして丸い。掴むのに最適だ。揉むために存在するとしか考えられない。

柔らかいものを揉んだり握ったりするとストレス解消になるらしい。

その点においてもおっぱいは最高だといえる。

つまり何が言いたいかというと

とにかくおっぱいは最高なのだ。

 

 

なんとなくだが、しばらく嫁は帰って来ない気がする…。