うるせえよ、馬鹿野郎

なんだかよくわからないけど書きます

僕は黙って伸びたラーメンを啜るしかなかったんだ

金曜日の夜である。

僕はその日残業だった。

滅多にあるものでは無いし、別に不満は無い。

ただその日はついてなかった。それだけだ。

仕事を終え、時計を見る。

時刻は9時をちょっと過ぎたところだ。

職場から最寄りの駅まで30分。家に着いたら11時前だ。翌日の朝を考えると家に帰ったらすぐにシャワーを浴びて寝てしまいたい。

しかし腹も減っている。帰って作るのも面倒だし、今週は忙しいのでなるべくゴミも出したくない。

 

たまには外食も良かろう。

 

そんなわけで僕は駅前のラーメン屋に入ったんだ。

よくある家系ラーメンのチェーン店だ。

金曜の夜のラーメン屋は騒がしい。飲み屋帰りの人々が締めの一杯を求めてやってくる。疲れ果てた僕にとっては若干苦痛だ。失敗したかな? と思いつつもカウンターに腰掛ける。

給料も出たし奮発してチャーシュー麺だ。麺の硬さは固めを選択。感じのいいバイトが店長に注文を通す。客はそこそこ多いが、どうやら店員は店長とバイトの二人だけらしい。どうやらバイト君は学生のようだ。

隣にはおじさんが座ってる。このおじさんは少し変だ。服装はドギツいアロハだし、素面のようだが目が座っている。あとなんか神経質そうだ。 

 少し警戒した方がいいかもしれない。 ともあれ先におじさんのラーメンがやってくる。おじさんはスペシャルだか特製だかを頼んでいた。チャーシューと海苔が増量されているし、煮卵が付いている。煮卵か、いいな。僕も追加しようかな?それにしても腹が減った。

しかしおじさんはラーメンに手をつけることなくカウンターにあげる。

「ごちそうさまでした。」

なぜだ?

横目で見るに、ラーメンを提供するバイト君の動きに不備はなかった。

多少乱暴ではあるかもしれないが、ここは高級レストランではない。ラーメン屋だ。威勢のよさは時に美徳でさえあるだろう。おじさんは続ける。

 

「君の名刺が欲しいんだけど。」

 

なにを言っている?

 

学生バイトだぞ?

意味がわからない。クレームにしたって順序が滅茶苦茶だ。内容も無くいきなり名刺を要求してどうなる?

当然バイトの彼は名刺なんか持ってない。でもおじさんは止まらない。

「名刺がないとかさ。社会人としてありえないじゃん?許されないことだよ。」

彼はまだ社会人ではない。いや、社会人だと言う意見もあるかもしれないが、少なくとも名刺を必要とする立場ではないはずだ。彼はとても困惑している。

ようやく異変を察した店長がやってくる。おじさんの主張は変わらない。

彼はバイトだから名刺なんて持ってないし、そもそもなにが問題か分からないのに名刺は渡せない。店長の主張はもっともだ。おじさんは譲らない。平行線である。

ところでさっきから気になっていることがある。

キッチンでずっとブザーが鳴っている。麺の茹で上がりを知らせるタイマーだろう。

そしておそらく

 

中にあるのは僕の麺だ。

 

かれこれ鳴り始めてから1分は経っている。固めの食感など望むべくもないだろう。しかしおじさんは相変わらずだ。店員2人もおじさんに釘付けだ。

 

鳴り止まないブザー。

 

終わらないクレーム。

 

そして、届かないラーメン。

 

おじさんは止まらない。

 

麺はおそらく完全に伸びている。

早く

早く気づいてくれ

後ろで今や伸びつつある僕の麺に。

 

しかしおじさんは止まらない。

おじさんはバイトと店長が仲がいいのが気に入らないと言っている。

クレームではなくアドバイスだとも主張している。

 

心底どうでもいい。どうでもいいしどう考えてもクレームだ。しかもわりと悪質なやつだ。少ないとも僕の麺は伸びている。

ブザーが鳴ってから約2分。

ようやく店長が麺に気付き僕に申し訳無さそうに声をかけてくる。

僕は構わないと言い、「大変ですね」という趣旨の笑顔を向ける。口には出さない。巻き添えになりたくない。

あるいはこの対応で彼等に対するクレームは続くかもしれないが知ったことではない。

僕は疲れ果てているし、何より腹が減っている。

 

そして僕は、

黙って伸びた麺を啜るしかなかった。